みてきたことやきいたこと

私が「見て、聞いて、体験したこと」 私が私を満たすための自己満足なブログ 喜びも悲しみも不安も期待も わたしのことばのエネルギー 「思いをつなぐ、思いを届ける」

常識とはなんであるか

常識、非常識って

議論になるけど


そもそも常識とはなんであるのか?

常識は普遍的なものではなく

環境や、母体となる社会的団体の構成員の思考や嗜好により大なり小なり違いが生まれる。


同じ時代を生きていても

持ち得る常識には、違いがうまれるものだ。


冷静になれば

それこそ当たり前のことを言っているのだけど


いざ、自分からしたら『常識外れ』なことに直面すると

なぜか腹をたてたり、傷ついたり、

あれこれ考えたりしてしまう。


そして、相手に自分の常識の枠に収まることを求めてしまう。


相手からしたら、自分の方が

非常識にあたっているかもしれないのに。


常識というよりは

こうあるべき、こうするべき

という、習慣の方が働いているのかもしれない


『飲み会ではサラダをとりわけるべき』

『相手の話は目を見て聞くべき』

『女性は…』

『男性は…』

『夫婦は…』


自分の中に染み付いた嗜好、慣習で物事の良し悪しや、正しいとか間違っているとかを判断してしまうことは

あまりに自然なことで


自分がどういう基準で物事を見ていて、ジャッジしているのかすら

忘れてしまうというか

考えてもいないのだ


おそろしいなぁ


最近わたしは

自分の常識とか選択の基準に疑問をもっている


どうしても、正しいことを探してしまって

それは、自分の正しいではなく

一般的に間違っていると言われないこと、

会社で浮かないこと、という意味で間違わないように選択することが


本当に正しいのだろうか?


常識という概念は、そもそも必要なのか…?


そんなことを考える土曜日の夜